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「人

 生まれいずる

               星」

 −第1章−

 
 <第1話>





















                          

 
   
 

 かつて仲間の死体を口にしていた祖先は、それによって死んだ仲間が持っていた強さと賢さを受け継ごうとしてきた。
そして、小さい子供たちを食べるもののない苦しみから救ってきたのだ。

 長の女は子供のころ、長老から聞かされた古い習慣を思い出しながら土をかけていった。

 その間、男はその一部始終をじっと見つめていた。
目がひきつけられて視線をはずすことができない。
そう言っているようだった。

 毛皮を着ることを嫌がっていなくなった少年が戻ってきたころには、火を囲んで食事が始まっていた。

 仲間を一人失った男と少年をみんなが気の毒がった。
もしかしてその悲しみで、この少年は獣のようになってしまったのかもしれない。
彼がそばに歩み寄るのは一緒にいた男だけだ。  

 長の女からあぶった干し肉を渡された男は他の者の様子を見ながら、かじりついた。
それを見ていた少年は男の手からだけ肉を受け取ると、同じようにかじりついた。
全部食べてしまうとまだ物足りないのか、指を男の口に入れ、噛み砕かれたものをつまみ出して食べてしまった。

 周りのものは少し驚き、呆れて笑ったが、「死」に沈んでいた空気は少しだけ和らいだようだった。

 他のものが差し出した干し肉に見向きはするものの、少年はやはり幼子のように男が手にしたもの、口に入れたものを食べようとした。
男は特に嫌がりも、止めもしなかった。

 風変わりな二人は頼りになりそうにはなかったが、危険は感じられなかった。
女と子供は洞窟の中に、男たちは一人の見張りを残してその周りで休むことにした。

 男は洞窟の中で休むよう促された。死んだものへの畏れと遺された者へのいたわりからか、自然と奥には誰も寝ようとしなかった。
 男はそこに座り込む。少年は鼻をうごめかせて、なぜか奥に進むことをためらったが、結局その近くに横になった。

 焚き火の光も届かない、更に奥の暗闇の下に彼女はいる。
男はそばに寄り添う少年を見つめた。
彼女は動かなくなって、温もりを失っていった。だが、少年の息は温かい。

 昨日までと違い、今は大勢の規則的な寝息の中にいる。
それを聞いていると自分の中で何かが広がっていくような気がして、男はそれに身を委ねて眠りについた。


 次の日から二人は仲間として彼らに受け入れられることになった。
と言っても少年のほうはやっと毛皮を着るようになったものの、まったく言葉は通じず、男のほうも年が近い長の女のような役立つ知恵は持っていなかった。

 だが、疲れを癒した一行がもっと大きい洞窟と広い狩場を探していると知ると、その場所を示したのは他の誰でもなくその男だった。

 数人の男がその場所を確認すると確かに最適な住処らしい。
それほど恵まれた場所からなぜこの2人と死んだ女は移動して来たのか。疑問は残ったが、早速移動することになった。

 男はヒョウと、そして女と歩いた野や林を今度は新しい仲間たちと共に戻っていった。勿論少年も一緒だ。

 男と違って少年の表情は乏しくても、感情のままに行動している様子なので、まだわかりやすい。
時々木に登っては、男が歩くのにあわせて枝から枝へ身軽に飛び移り、他のものたちを驚かせた。だが、数日後彼らはそれ以上に驚くことになった。
 
 先に様子を見てきたものの話では獲物は沢山いるが、誰も獲るものはいないということだった。だが、たどり着いたとき、そこには先客がいた。

 一行が近づいていくと、槍を持った娘がふらりと洞窟から出てきたのだ。   

 いつもなら美しいであろう顔は土埃に汚れ、疲れ果てた顔に二つの目だけが強い意思を宿していた。
髪も乱れたまま、娘は一行の顔ぶれを見ると一人の男の前に駆け寄った。
仲間になったばかりのあの変わった男の前だ。
「かあさんは?!」
 槍を両手で握り、突きつけかねない勢いで彼女は問い詰めた。
「かあさん……?」
 男はいつの間にか隣に立っていた少年を何気なく見て、つぶやいた。
「あんたがヒョウを連れて来た。母さんはあんたたちを遠くへ連れて行かなきゃならなかった。母さん、体が弱ってた。私に何も言わないで行った……!あんたが悪い。また戻ってきた?今度は何、つれてきた?母さんはどこ?!」
 頬の涙の跡にまた新しい涙が流れた。一行が来るまで、ここでずっと泣いていたのかもしれない。

 長の女はとにかく彼女を落ち着かせることにした。
見れば手足にも軽い怪我をしている。泣き崩れそうになるところをなだめ、抱えてやる。
一行全員の顔を見たとき、彼女にも問いの答えは分かっていたのだろう。母はいない。あの男だけがまた戻ってきたのだ……。

 娘は「母は新しい住処までの道を調べに行った」と聞かされていた。
だが移動を終えて新しい住処を作り始めた仲間から母がおとりになったことを聞くと、こっそり抜け出してたった一人で戻ってきたのだ。
危険な獣から身を隠しながら、わずかな食料だけで。
長の女は力を振り絞るように泣く娘を洞窟へと連れて行くと、子をあやすようにやさしく話しかけた。
顔をよく見れば、その母という者に確かな心当たりがあった。


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