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「人

 生まれいずる

               星」

 −第1章−

 <第1話>














































































                                              
 この時代、母と娘たち、その孫たちを中心とした者たちの集団が安全に暮らせる場所はそうたくさんなかった。
だから、前に他の集団が使った跡のある岩陰や洞窟を利用することは珍しくない。

 時々だが、その他の集団そのものと出会うこともあり、一時の間協力してたくさんの獲物を捕まえることもあったが、獲物をめぐって争いになることもあった。
また、一人前になった男が別の集団の娘の元へ行ったり、その逆もあった。
違う群れから新しい仲間を迎えると、なぜか丈夫でよく育つ子供が生まれることが多かったからだ。

 獲物となる獣達は時期が来ると、いつも大体同じ場所へ群れて移動する。その読みが外れたり、見失ったりすると、それはすぐに命の危険につながった。
死は、だれの足元からも伸びている影のように常にそこにある身近なものだったのだ。 



 集団で新しい狩場へ向かうときは、足が強く速いものが自然と先頭になる。
当然、仲間のためにできるだけ早く、危険なものや役立つものを見つける役目がある。
彼らも仲間と同じく身を守る槍とわずかに残った食料、すぐには作れないような出来のいい石器などを皮袋に入れて歩く。

 森の中を歩く、その集団も同じように荷物を持って移動していた。

 その日の夕方、彼らの先頭を行く者は後ろを振り返って仲間たちによい知らせを告げた。
森を抜けたところに小さな草原と洞くつらしきものを見つけたからだ。

 今夜は安心して休めると彼らの間にほっとした空気が流れた。
だが次の瞬間、新しい緊張が走った。
ついさっきよい知らせを告げたものが、突然向きを変えて槍を身構えたからだ。
他のものもすかさずあたりに注意を向ける。

 耳と目に神経を集中すると草むらをすばやく動くものの気配がした。
洞くつは彼らにとって絶好の住処であると同時に他の、特に大きい肉食獣の住処にもなる。
自然と子供や赤ん坊を抱えた母親を中心に集まっていく。
「あそこ!」
 子供が小さく叫ぶ。
仲間たちの隙間から見えた草むらを指差すと、そこから頭を出した生き物がいた。

 人々は半分、体の力を抜いた。
好奇心を目に浮かべたその生物は自分たちの子供とよく似た姿だったからだ。
「おい、出て来い」「おまえ、あの洞くつに住んでいるのか」
 草むらの中の少年は質問するものの顔を見たが、何も答えない。
頭を引っ込めたかと思うと、すぐに遠くの草むらの切れ目に走っていく姿を見せた。
その全身を人々は指差した。
「あの子、裸だ」「本当だ。あの洞くつに仲間がいるらしい」

 とりあえず一晩だけ休ませてもらおうと、まず長である女と若い男が一人、洞くつへ向かうことにした。
中にいるだろう者たちを警戒させないよう、遠くから姿を見せてゆっくり近づいていく。

 すると向こうからも近づいてくる者がある。
今度は毛皮を身に着けた男で、こちらへまっすぐに歩いてくる。
お互いに槍を手にしたまま向き合った。
見ると男のそばにはあの裸の少年がいた。
その男より頭一つほど背が低い。

 少年を連れた男は二人が何とか伝えたことを少しも拒む素振りを見せなかった。
それでも彼らは礼として持っていた毛皮を少年に与えることにした。
「他の仲間は?」
「仲間、あそこ」
 男は洞窟を指差した。
二人は男に案内されて、洞窟に入った。
暗がりに手足が見え、二人は思わず足を止めた。
そこに横たわっていたのはまだ新しい女のむくろだった。

 家族だったのか、何かの悲劇で仲間の多くを失った者達だったのか。
男から話を聞きだそうとしたが、その言葉はわかりくく、ただ手渡された毒消しの草の一掴みを見て「蛇か何かの毒で死んだのだろう」と長の女は言った。
冷たくなっている女の顔に苦しみは薄く、それを見せる男や少年の顔にも悲しみの色はなかった。

 長の女は仲間たちと話し合い、そのむくろを埋めることにした。
むくろは肉を食らうほかの獣を呼び寄せてしまう。
用心深い長の女はまず火を起こして洞窟全体を煙でいぶした。
その間に人々は手分けして、辺りに咲く草花を摘んだ。

 昼でも暗い地中へと続く洞窟の奥底は命が生まれ、そして還る所だ。
この洞窟の底も、これまで仲間を葬ってきた他の洞窟の底と、どこかでつながっているはずだ。

 洞窟の一番奥に穴を掘る。途中で小さな声があがった。
 土の中に骨、古い人骨が現れたのだ。
しかし、それほど珍しいことではない。
今までこの洞窟を住処にしていた多くのものたちが、同じように死んだものをここに埋めていたのだ。

 その骨のそばに女を寝かせると、においをごまかすために草花を周りに置いていく。

 
   
 

                         
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