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「人

 生まれいずる

               星」

 −第1章−

 <第2話>

















































































































                                                        2

 最も広い大陸とわずかに繋がった二番目の広さを持つ大陸。

 そこを南北に走る傷は、地底深くの強い力によって内側から広げられたものである。

 そのゆっくりとした変化は、多くの者にとって永遠とも言える時間をかけてなされている。

 時に己が身体を傷つける者たちも、ゆっくりと移動しながら様々な変化を積み重ねていった。
 
 数万年という時を経て、彼らはようやく新しい世界と出会おうとしていた。




 最初に感じたのは「何か」に触れられる感覚。触れたり、離れたり。
なでられたり、軽くつかまれたり。そんなうちに。

 「何か」から伝わってくる、音。ゆっくり繰り返す音。
 入ってくる色々な音。小さく薄いものがこすれ合う音。繰り返し、止まる不思議な音。鋭くて大きい音。

 そして、におい。熱気や涼気と一緒にやってくる甘い匂い。湿った匂い。

 その「何か」が触れると、今度は暗闇がどんどん薄くなり、やがて「色」が見えた。ぼんやりとした形。
こちらを覗き込む大きいもの。触れて確かめているような影の形。
そのまわりの緑色の間に見える茶色や黒や白っぽい流れ。辺りを覆う色、色、色。

 「何か」がまた手を伸ばし、指に触れた。あたたかなぬくもり。その指を握った。
 かぎなれた匂い。呼吸と「音」が伝わってくる。

 いっぱいに吸い込んだ空気に混じる様々な匂いが入り混じって、胸の中にゆっくりと染み込みこんでいく。


 気づくと、遠くに光が見えた。小さくぼんやりと揺らめく、今にも消えそうないくつかの光。
ずっと前からあったのか、今灯ったばかりなのか。分からないほど淡く、それは集まってあちこちで頼りなく光っている。

 体が、その弱々しいあの光に吸い寄せられる。
なぜかは分からない。ただ動かずにはいられない。目をそらすことができない。

 あの光は、なに?





                    

 流れる水に日の光が反射する。それに照らされても負けずに水面をにらむ。
骨を石刃で削って作った銛の先で空を切り、水を刺す。
引き上げた銛の先には川魚が見事に体を貫かれていた。
逃れようと激しく身をよじる魚を水辺の仲間に渡す。
魚は他の獲物と同様にしなやかな葦でえらを貫かれ、まとめられた。

 下流の先、海へつながる川の終わりを眺めて手をかざすと、近くの砂浜で貝を掘っている仲間が見えた。
砂を掘って貝を探すのはなかなか大変だが、貝は素早く逃げたりしない。
だから子供でも採ることができる。

 だが貝を採ることができるのは波が遠くへ引いているときだけだ。
波はいつも明るいときに遠くなっていくとは決まっていない。
そんな日には海岸近くの森で狩りをすることもある。
それに備えて目や体の素早さを鈍らせたくなかった。

 それに何より。
自分の動きを止めて魚を油断させ、動かなくなった獲物を一突きする。
狙いを定めて、銛を突き刺すまでの短い一瞬の言いようのない興奮、喜び。
のんびりしたところもあるが、自分はやはり『狩人のムサ』なのだ。
右腕の入れ墨が何よりの証だった。


 元々はこの川のずっと上流の平原で暮らす一族の一人だった。
そこでは獲物に真っ先に槍を突き立てた者だけがその動物の模様をまねた傷を体の一部に彫ることができる。一人前の証だ。
成功した狩りの後は最高の高揚感で、その間は入れ墨を彫る苦痛も苦痛ではない。

 だが、長が小さい頃に母親から聞いた話では、昔は石刃で傷をつけるだけだったそうだ。やがてその傷に木の燃えカスに触れた指をこすり合わせて黒い色をつけていったそうだ。
長生きするほど、狩りの腕を上げるほど入れ墨は増える。
全身を入れ墨で飾った長の体は皆の憧れだった。

 自分もそうなりたいと願っていたが、どこかその勇猛さだけを競うような空気には居心地の悪さを感じていた。
だから住みかから遠くまで狩りに行き、傷を負わせた獲物を追いかけていた時、偶然出会った今の仲間たちとしばらく一緒に行動することにした。

 迎え入れてくれた者たちは誰も体に入れ墨をしていなかった。
しかも平原ではなく森の中の川に沿って少しずつ川下へと移動を繰り返しているらしかった。

 草原と違い川沿いにはいくらか林や森があり、果物やトカゲなどの小さい動物、食べられる虫もいた。
川の水を飲みに来る動物は格好の獲物だったし、また或る時になると大群でそこを渡る動物たちも動きが遅くなってしとめやすかった。

 いつしか魅かれていた娘とその兄弟や母親と助け合いながら、ついにここに、大地の終わるところへとたどり着いた。

 


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