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「人

 生まれいずる

               星」

 −第1章−

 <第2話>









































































































 あれは川下へと下る移動の途中だった。
耳のいいものが遠くからの低いざわめきを聞いたのだ。
今まで聞いたことがないその音の正体を確かめようと何人かの仲間と群れを離れた。
風が吹きすさぶ草原に似た音が収まると、水の音が聞こえた。
しかしただの川音ではない。大きくなり、小さくなり、そしてまた大きくなる。
それを何度も繰り返していた。

 丘を登りきったとき、姿を現したのはどんな川や湖よりも大きい、どこまでも広がる青い水溜りだった。
今まで草原や山並みばかりを照らしていたまぶしい光が、常にうねり波立つ青い水溜りの水面に反射していた。あの時この目で見た景色は今でも思い出すことができる。

 水溜りのあまりの大きさと、引いたかと思うと追ってくる波や音に慣れずになかなか近づけなかった者たちも、鳥がそこで何かを食べているのを見て少しずつ近づいていった。

 その大きい水溜りの周りには細かい砂が広がり、その中には硬い殻で包まれたものがあった。
森の中にも丈夫な殻で包まれた食べ物がある。同じように石のハンマーで叩いたり、火に投げたりして中のものを食べるようになった。


 この新しいこの土地で、これまでずっと思い続けた娘トゥモに毎日のように貝や魚を届けた。
鳥の巣から卵を集めたりもして、トゥモが自分と一緒にいて安心できるように彼女や彼女の母親の力になるように努めた。
浜辺を二人だけで歩き、腰を下ろして手を重ねたとき。この群れに入って本当によかったと感じた。

                       

 それからしばらくするとトゥモはおなかが大きくなった。
花がやがて枯れた後ふくらんで種を作るように、大人になった女はおなかで子供を育てることができる。
次第に動きが鈍くなるトゥモが心配だったが、トゥモの母親や他の女たちの様子も気がかりだった。トゥモのおなかを時々ひどく心配そうに見ていたからだ。

 それでもトゥモは無事に男の子を産んだ。産むことも育てることも母親とそのまた母親、そして群れの女たちが中心だ。
大抵、自分たち男たちは言われるがままだ。それでもやることがないわけじゃない。
子供を生んだ母親に思われている男なら名前を考えてつけることができる。
同じ名前や他のものに似た名前が増えないように、違う群れから加わった者が使っていた言葉や、別れた家族の名前をつけたほうが都合がいい。
だからオレはトゥモが生んだ男の子に、平原で暮らしていた頃の親友「ツェボ」の名前を与えた。


 子供を生むとしばらくは仲間と一緒に食べ物を集めにも行けない。
その分沢山食べ物が必要で、腕が2本では足りないくらいだった。
だが群れのみんなは大抵小さい子供の面倒を助けてくれる。
子供を生んだ母親もしばらくすれば動けるようになる。

 でもトゥモはツェボをあまり離したがらず、いつになっても元気にならなかった。それどころか時々沈み込むようになり、昔のようなおおらかな笑い声を立てなくなっていた。

 ある日、みんなから少し離れた浜辺でトゥモに聞いた。どこか身体の具合が悪いのかと。話しているうちにこらえていたものが溢れたように彼女は泣き出し、幼いツェボも驚いて泣き始めた。
二人の泣き声の中で聞いたのは、トゥモのお腹にはツェボともう一人、女の赤ん坊が居たということだった。

 そのツェボの片割れは生まれても泣き声を上げず、既に死んでいて密かに埋められたという。
片割れを失った子供の多くも、やはり大人になるまでは生き残れないだろうと年かさの女たちに言われたと。

 事実、ツェボはぼんやりとして、あまりにも活発さがなかった。
やっと立ち上がり歩くようになっても、一言も言葉を話そうとしない。
こちらの言うことも理解できないのか、一人で動けるようになると心配と世話に追われてトゥモは疲れきり、本当に具合が悪くなってしまった。

 誰の名も、何の名も呼ぶこともないままツェボは成長したが、見よう見まねで食べ物を集めることは出来た。一人でも海草や近くの林で果物を採ることが出来る。

 今もツェボは母親と祖母と一緒に砂浜で貝掘りをしていた。
その姿を見つけて何事もおきていないことを確かめると安心し、そして同時に悲しみを感じた。
それを振り払おうと再び水面をにらみつける。この漁の時間が好きなのは、本当は少しでも二人のことを忘れられるからかもしれないな。



 波が寄せて返すを繰り返すように、夜空に浮かぶ「天の片目」も毎晩少しずつ開いたり、閉じたりを繰り返す。

眩しい「天の光」が現れて、それを恐れて逃げるまで「天の片目」は夜の間いつもこちらの様子を伺っているのだ。
「天の片目」もう一つの目は昔、やりの名手に射抜かれた。その恨みを晴らそうといつ降りてくるか分からない。
だから夜の間は「天の光」の代わりに火を絶やしてはならないのだ。

 平原と違ってここでは大きくて危険な獣にあうことは少なかったが、大昔から続けてきた決まりをそう簡単には変えられない。
今夜も仲間の一人に見張りを任せて枯れ草のうえに寝転がると腕の上に頭を乗せた。 

 
 


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