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「人

 生まれいずる

               星」

 −第1章− 

 <第4話>















































































 自分の声に目が覚めた。辺りを見回しても、自分を見ているものはいなかった。
空が白み始める中、そばで休む仲間たちの静かな寝息と鳥の鳴き声が聞こえるだけ。


 すっかり目が冴えてしまった。今の夢もアミュタから送られたもの?魚のお礼を言えなかった。海に着くまでに、また夢で会えるかな。
早く会いたい。早く海を見たい。


 そうだ、今日は一番に出発する葦舟に乗せてもらおう。
大きく尖った岩が減ってきた川岸と川岸の間もだいぶ広くなり、深さが増したせいか水の色も暗く、濁り始めている。
同じような川と合流したら、海はきっともうすぐ。

 

 それにしても、夢の中で自分を見ていたのは一体何だったんだろう……。


 

 川の幅が広くなっていくのに合わせて目に付く緑の茂みも減り、寒さが増していく。毎日天気がいいのが救いだ。

懐かしい波の音が聞こえ始め、河口の隙間からやがて待ち焦がれていた海が見えてきた。
思っていたより「遠くに見える」より「近くに迫って」見える。

  

川岸に船を近づけてもらい、船の縁を蹴った。
小さく丸く軽くなった沢山の石ころの上に一番に降り立つ。
船の上の仲間が蔓を編んだ綱を投げてよこした。
それを輪にして大きな岩にかける。ここからは逆に荒々しい形をした大きめの岩が目立ち始めている。

「……おい、見ろ」

 荷を降ろそうとして仲間の声に呼び止められた。
その視線の先を追う。


 ……ああ、やっぱりここへ来たのは間違いじゃなかった。あの夢も……!


 こちらへ向かって川岸を歩いてくる影。

「アミュタ……!」

 ンナンが石に足を取られながらも駆け寄ると、人影は立ち止まり、後ずさった。
あの狩りの時まで片時も離れなかったその姿は変わり果てているように見えた。


 以前は肩掛けに使っていた毛皮で今は辛うじて腰だけを覆っていて、身につけていた貝の首飾りや腕輪も見当たらない。
海の精霊にすべて捧げてしまったのか。


 顔を良く見ようと近づいたンナンの目は更に別なものに引きつけられた。
アミュタが後ろに連れているもの。アミュタの影と、それと同じくらい小さい―。

「ンナン?」

アミュタの後ろから顔を出した見知らぬ少女に突然名を呼ばれて、ンナンは思わず立ち止った。
後ろへやろうとするアミュタの手をくぐるように、その子供は更に一歩踏み出す。
所々伸ばしたままになっている黒い髪が揺れる。

「ンナン?」

二度目の問いかけにンナンは応えた。少女の顔に微笑が浮かぶ。

「アミュタ、この子は……?」

「ハルパ」

 思っていたのと違う口から出てくる答え。
少女が何か伝えようとしている。今度はンナンが返してみる。

「ハルパ?」

 少女はうれしそうに頷いて繰り返した。「ハルパ、ハルパ」


 どうやらこの少女の名前らしい。言葉が分かるのだろうか?それにしても。

 ンナンは友人が自分のものをすべてこの少女に与えたのかと思った。なぜなら「ハルパ」という名らしい少女は、なかなか見事な貝細工を首にも腕にもつけていたからだ。
汚れてしまっているものの、毛皮もなかなか立派だった。
この辺りでは見ない獣のものだ。

「本当にアミュタなのか?」「まさか……。生きていたのか」「早く長に伝えないと……」


 ンナンの後ろからやって来た仲間達の声にさえアミュタの表情は強張った。
アミュタの中で何かが変わってしまったのだ。
確かに以前も少し内気だったけれど。
知らないものを見るように目が落ち着きなく動いている。


 ンナンは自分の肩掛けを取ると差し出した。
まるで夢の続きのように現れたアミュタに触れていいのか、ためらう。


 ハルパがその小さい手で、動こうとしないアミュタの手を握ると前に引き寄せた。
アミュタが恐る恐る足を運ぶ。ンナンはおびえさせないように、ゆっくり動いて肩掛けを体にかけてやった。


 間近に見る旧友の体には細かい引っかき傷が沢山あった。
幼さの残っていた顔にも。一体何があったのか。


 今度こそ守ってやらなければ。ンナンはアミュタの傷ついた体を抱きしめてやりたかった。
でも今そうしたら、ますます怯えさせてしまうかもしれない。
今はこの小さいハルパに任せた方がいい。


 ンナンは二人に目を配りながら、仲間と共に舟から荷を降ろし後からやってくるもの達のための準備を始めた。
空になった舟で、一人が後から来る長へ話を伝えに行く。


 アミュタは少女に手を引かれて一緒に座ると、肩掛けを着なおさせてもらっていた。
毛皮の端と端を片方の肩の上で結ぶと、皮の紐で腰の辺りを縛る。
ハルパのその手つきは覚束ないながらも、今のアミュタよりは頼りにできそうだった。


 乾いた枝と枝をできるだけ速くこすり合わせて火を起こす。
小さい火を慎重に大きい火に育てていく。
気の抜けない上に根気がいる重要な作業だ。
その様子を少女はアミュタの傍らでじっと見ていた。
瞬きの時間すら惜しむように。一方幼馴染の娘は―。


 小さい火が煙を出して大きくなるにつれて顔をそむけ始めた。
ハルパが身を乗り出そうとすると体を起こして一緒に離れようとする。


 仲間や自分のことだけでなく火のことまで忘れてしまったのか。
ンナンの中では小さな疑問が大きな不安に育っていく。

               

 

 

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