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「人

 生まれいずる

               星」

 −第1章− 

 <第4話>




































































































 焚き火にくべる枝をもっと集めようとそっと立ち上がると、ハルパも、それを追ってアミュタもついてきた。
小さな林に向かった三人は丘の上に出る。


「わぁぁ……」

 一瞬、ンナンは全てを忘れた。どこまでも、どこまでも続く青い海が眼下に広がっていた。
あんまり広すぎて却って遠近感がおかしくなりそうだ。


 ついてきたハルパを見ると、丁度目が合った。

「ハルパはどこから来たの?」

 通じるか分からず身振り手振りを交えて聞く。
質問の答えはとても単純だった。ハルパの指はただ、海の方を指差したのだ。

「海から来たの?」

 ハルパは頷き、そして後ろのアミュタの脚にじゃれるように抱きついた。アミュタも身を屈めて応える。


 ンナンはその様子を見てなぜかドキリとした。
傷ついた顔に表情らしい表情は戻ってはいない。
でも小さい少女に向ける視線には見覚えがあった。


 そうだ。あれは。母さんの、母親の目だ。
他には決して向けられることのない暖かな眼差し。
自分が遠い昔に失ってしまったもの。今までのアミュタが見せたことのない守るべきものを持つ者の瞳。


 海から来たというハルパ。自分たちも遠い昔に海を渡ってきたと言う。
だけどこんな小さい子がたった一人で渡れるわけがない。


 アミュタは海まで流されて、そこで言葉も記憶も全て捧げてあの魚たちを贈ってくれた。
そこでハルパに出会って、地上へ連れて来たんだろうか。


 枯れ枝を集めて帰ると、遅れて着いた仲間たちで岸辺は賑やかになっていた。

「アミュタだ!」

 既にその話で持ちきりだったのだろう。
一人が気づくと大勢の人が振り向き口々に名を呼んで駆け寄ってきた。


 ンナンがハッとして幼馴染を見ると、目を大きく見開き、ハルパの腕をつかんで身構えており、はっきりと緊張を表していた。


 ンナンは空いている手を広げて仲間たちの前に出た。

「待って! アミュタは……、アミュタは前のアミュタとは違う! だから怯えさせちゃいけない」

 戸惑いざわめく人々の顔とこわばったアミュタの顔を交互に見るハルパ。

「アミュタは怪我もしてる。だから怪我が治るまでそっとしておこう」

 顔を見合わせる人々の間から、アミュタの両親が進み出た。

「ンナン、どくんだ。本当に、本当にアミュタなら、よく顔を見せてくれ」「怪我をしてるなら早く手当てをしないと……」

 心の底から心配し、再会に涙を浮かべている彼らをさえぎるのは胸が痛んだ。振り返ると。


 ンナン達が話している間にもアミュタはハルパの手を引いてじりじりと下がっていた。
油断なく周囲の人の出方を見ている。まるで手負いの獣のように変わり果てたその姿に人々は言葉を呑み、成り行きを見守った。


           reencouter

 以前までのアミュタの中には見られなかったものが、ハルパという小さい子供を守ろうとしている。
実の親から離れてでも。その必死さが背を向けていても伝わってくる。驚き、そしてなぜかさびしかった。もう自分には見守ることしかできないのか。

「アミュタは河から海へ旅をして、そこで全てを捧げて、あの魚を私たちに贈ってくれた。そしてこのハルパを……」

 遠くへ行く気のないハルパは枝を抱えたままで、アミュタをここに引き止めているようだ。
あの子は人を恐れていない。むしろ喜んでいるのだ。

「この子供を海から連れて来た。このハルパは海から来た。海の子供だ」

 人々のざわめきは更に大きくなってしまった。
ンナンはうつむいた。自分でもよく分からないうちに、ほとばしり出た言葉だったから。
まるで寝ている者の呟きのように。自分の口ではないようだ。


 人々の視線がその幼子に一斉に向けられた。
言われてみれば成る程その首や手足を見事な貝細工が彩っている。
見たことのない髪形はまるで海草が伸びているようだ。

「みんな、アミュタの手当てはンナンに任せよう。
今は他にもすることがある。今日休むところを探そう。
それからこの子の仲間のねぐらが近くにあるなら、気をつけないとならない。誰か周りを見てきてくれ」

 長がいつもの冷静さを失っているのを見て、群れの中でも次に頼りにされている男が言った。


 ンナンはアミュタがどこかへ行かないよう、両親に彼らの娘の様子を話しながらそっと離れるように促した。


 

 その夜娘に触れることもならずに、長の夫婦とンナンは群れから離れたアミュタ達の近くで休むことにした。


 仲間の探索にも関わらず、他の群れの気配はなかった。
昔なじんだ丘にも林にも海岸にも、少女を知る手がかりはない。
どれほど遠くから来たのか分からず仕舞い。そして。


 アミュタとの距離はどれほど遠くなってしまったのか。
ンナンは安心しきった顔で眠るハルパと、それを抱くように眠るアミュタを眺めてなかなか寝付けなかった。


 

心を開くどころか近づくことすら許されない数日が過ぎ、そんなアミュタの両親は懐かしい土地に戻ってきたというのに沈んでいた。
だが「生きていてくれただけでもよかった」と慰め合う二人にも、幼いハルパは屈託がなかった。
「食べ物だけでも」と届けても手をつけないアミュタだったが、害がないとわかればハルパから取り上げようとはしなかった。


 笑顔を向ければ笑顔を、言葉を返してくれる。
アミュタが失ったものが、今はまるでハルパに宿っているようだった。

                                   

 

 

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