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「人

 生まれいずる

               星」

 −第1章− 

 <第3話>




































































































 胃液とよだれで汚れた口でぜいぜいと喘ぐ。知っている限りの薬草も気休めにさえならなかった。


 シャマはその日、ドムハが採ってきた果物や干し魚をショマイと共に食べたせいか難を逃れていたが、その光景を前に口も言葉も凍りついたようだった。


 いつも浜辺で遊んでいた子供も同じようにしびれと頭痛に苦しみ、シャマの姿を見ても何も言えないほど弱っていく。
シャマは目を覆い、歯噛みした。出来る事といえば「海に近づくな」と仲間に伝えること、そして夜の見張りをすることくらいしかない。
半日が経った夜にはあちこちから悲痛な叫び声が聞こえ始めた。


 子が母を、男が愛する女の絶命を前に漏らす嗚咽が群れを包む。
夜より暗い死の底に突き落とされたかのようだった。


 シャマがかざす松明の灯りにかすかに浮かぶ死者の姿。
死へと刻一刻と近づく者の顔。そして心を殺された者達の影。


 いつも心強い火の光が、このときだけは忌まわしいものに思えた。



 空に輝く火は地上の者のこととは無縁だ。誰かが生まれた日も、誰かを失った日も同じように現れ、輝く。


 夜が明けるとシャマはショマイを連れ出した。
力を落とした者たちの為に林で何か採って来るつもりなのだろう。
ドムハは二人を見送ると、他の者たちと共に穴を掘り始めた。
死んだ者たちの最後の寝床を。


 一体どれだけの命が失われたのだろう。あの時自分が赤く染まった海に対して、もっと注意するように呼びかけていたらよかったのだろうか。
でも海で魚や貝がとれなければ、いずれは飢えることになっていただろう。


 湿った土を掘る手はひどく重かった。




 この群れは、もう駄目かもしれない。


 シャマの手はしっかりと四本の流木を結び付けていた。
自身の言葉のせいで辺りには誰もいない。


 マイニュが来てから、不吉なことばかりが続き、多くのものが死んだ。
これもマイニュの力なのか。このままこの群れにいたら、自分もショマイもいつ死ぬかわからない。


 ティンワに、あのティンワに渡って、更に向こう岸へ行けば、きっと助かる。
食べ物もきっと沢山あるだろう。マイニュもいないに違いない。
妹もきっと元に戻る。それがショマイのためになる。
シャマの頭の中はティンワへ渡ることで一杯だった。


 昨夜、見張りをしながら予想したとおり、まもなく潮が引き始める。
その潮に筏を乗せて流れに任せれば岸を離れられる。
そのまま浅くなった海を潮が満ちる前にティンワへ渡ろう。
少しでも近づけば、目と鼻の先の距離だ。いざとなったら泳いでもいい。


 砂浜に座りこんで、筏を準備する兄を見ていたショマイが急に顔色を変えた。
立ち上がって、周りを見渡す。

「ショマイ、どうし……」

 シャマは言葉を飲み込んだ。遠くの砂浜に、木立の間に、崖の上に二本足の影が見えた。
まるでむくろに群がる獣のように、一つ一つとその数は増えていく。
こちらを見ている。


                   

 ショマイは声も上げず、後ずさった。

『早くこの浜を離れなければ……』

 そのシャマの心の声に答えたのは怯えた妹ではなかった。
兄妹が後にして、そのまま帰るつもりのなかった住処の方から、仲間が走ってきたのだ。
一人や二人ではない。大勢が後ろに気を取られながら、死に物狂いで駆けてくる。

「ああ! シャマ、大変だ! マ、マイニュが来た!」

「見ろ! あそこにもいる! こっちにも!」

「シャマ! どうする?!」

 皆口々にわめきながら、二人のほうへ駆け寄ってきた。
仲間を埋める途中だったのか、手足は泥だらけで、昨日からの疲れでどの顔もすさまじい形相だ。


 シャマもまた顔をゆがめて、拳を握り締めた。
自分たちだけで逃げようとしていたことを見透かされたようだった。
仲間のことなど何も考えていなかった。


 取り囲む顔ぶれの中には強い男たちもいたが、親しい者たちのひどい死に様を見た後では頼りにできそうにない。

「皆、筏に乗れ! ティンワへ、あのティンワへ行こう!」

 悲鳴のような声を出したシャマの指先には朝日に照らされた島の姿があった。
その姿は追い詰められた彼らがすがりたくなるほど美しかった。


 一度渡ってしまえば、この海はマイニュの行く手を遮ってくれるだろう。
あのティンワが自分たちを助けてくれる。誰もがその細すぎる藁にすがった。


 満足に動ける者達で協力して、同じように筏を二つ結びつける。
泳ぎの下手なものや子供達を乗せて、他のものはつかまって海に浸りながら行くしかない。

 

 


 

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