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「人

 生まれいずる

               星」

 −第1章− 

 <第3話>

















































































































 辺りに目を走らせるたびにマイニュの数は増えている気がする。
浜辺に逃げてくる者の数も増えていく。急ごしらえの筏の数が足らなくなるかもしれない。
気ばかり焦って、手元が何度も狂った。引き潮の頃合を失ったら、沖のほうへ行けなくなる。


 シャマは準備出来た筏からどんどん海へ出るように促した。
十分な深さまで大人が四隅を抱えるように運んでいく。
シャマはその一つにショマイの背中を押して乗せると、砂を蹴った。


 引き潮は頼りなく粗末な筏を捕らえ、容赦なく沖へとさらっていく。


 うそのように穏やかな海の上で、彼らは見る見る小さくなっていく浜辺を振り返った。


 死んだ仲間を満足に埋めてやることも出来なかった。
持って来られたのは銛や網や僅かな食料くらいだ。


 マイニュはどうしただろう。そう思って手をかざすと、浜辺に茶色い影が見えた。

「ドムハ……?」

 筏の上でシャマが呆然とつぶやき、ショマイがピクリと震えた。


 二人の目に映っていたのは間違いなくドムハだった。
だが、もう泳いで筏に追いつくことはできないだろう。
シャマたちも波に逆らって引き返すことも出来ない。


 両者はただ、お互い言葉をなくして見つめるだけだった。


 兄妹の周りで仲間達の驚きと悲しみの声が上がった。
もう駄目だと見限ってきた子が、老いた母が、友が弱った体を引きずるようにして浜辺に現れたのだ。


 ドムハの傍らでも男が体をよろめかせながら近づくと、波間に遠ざかっていく仲間を見付けたようだった。

 「ああ……。ああああ……」

 絶望に言葉を奪われ、喘ぎをもらして砂の上に崩れ落ちる。


 駆け寄ったドムハがひざを着いて顔を覗いたが、その目はすでに何も映してはいなかった。
必死に引き潮の波を追いかけた数人も力尽き倒れていく。


 走りよって抱き起こしたドムハにも、消えていく命を呼び止める術などないのだ。


 

 仲間の埋葬の途中、マイニュたちに気づき皆が海岸へ逃げる中、ドムハは林を目指した。
手近な狩場に向かっただろうシャマとショマイを案じて探しているうちに、当の二人は岸を離れてしまっていたようだ。


 立ち上がり、二人の名前を呼ぼうとして、ドムハは思いとどまった。
もう声が届くかわからない。届いたとしても、どうしようもないことは明らかだった。


 小さくなっていくショマイの姿が見える。


 彼女はあのティンワへ渡って更にその向こうの対岸へ行けるだろうか。
そこでもう一度笑顔を取り戻せるだろうか。いや取り戻して欲しい。
その為だと思えば、一人で置いていかれたことは何でもないことのように思えた。その笑顔をこの目で見ることができないのは残念だけれど。


 助け合う仲間を失った狩人を待っているのは孤独で悲惨な死だ。
今朝は仲間を埋葬したが、自身は誰にも埋葬されずに死んでしまうかもしれない。


 だが、ドムハの心を満たしているのは置き去りにされたことへの怒りでも一人で死ぬことへの恐怖でもなかった。


                                       
 

 今まで沢山の仲間との別れを経験してきた。一人で取り残されたことも初めてではない。


 遠い昔、深い森の中で目覚め、平原で一つの群れに出会ったときから、周りで自分より長く生きるものなどいなかった。
怪我や老いや争いで、また原因もわからずに弱って死んでいった。


 自分だけがなぜか死ななかった。仲間を全員失う度に新しい群れを求めて放浪を繰り返してきた。


 先に死なれてしまうよりは、生きて別れるほうがいいような気がした。


 ショマイが一人になってしまうわけではないのだから。
仲間が傷つけられる心配も要らないのだから。


 マイニュに取り囲まれているはずなのに、不思議と心は穏やかだった。


 何より自分はまだ一人じゃない。


 自分が今まで死ななかったのは、何かに守られてきたからだ。
危険な目にあうといつもどこからか、それが現れて助けてくれた。
森の中を這い、歩きだしたときから、ずっとその気配を感じてきた。


 いつも、いつも一緒だった。遠くから、時に近くから自分を見守る影。
様々な姿の獣が代わる代わる現れて、傍らに寄り添い、そしていつしか消えている。
いつもは忘れがちなその存在を今ははっきり身近に感じる。


 もしあの筏に間に合っていたとしても、人前に滅多に姿を現さないあの気配がすぐに乗ってくれるとは思えなかった。
そしたら離れ離れになってしまっていたかもしれない。
その時自分はどんな気持ちになっただろう。悲しんだだろうか。
泳いで戻りたくなっただろうか。


 ぐるりと周りを見渡してもまだ、マイニュたちが襲ってくる気配はなかった。
彼らの姿はまるで何かを探しているようだった。


 ドムハは小さな点になっていく仲間たちをもう一度見ると、そっとその場を離れた。
まだ埋めていない死者がいたかもしれない。
だが戻るのは危険なことに思えた。


 踏み荒らされた砂浜に新しい足跡をつけていく。


 自分と寄り添って生きているその気配も、近くの岩場の向こうを移動しているのがわかる。


 気がついたときには、またいつものように自分の近くを歩いているのだろう。
今度はどんな獣だろうか。


 あのティンワを見ていた頃の記憶では、このまま海沿いにずっと行けば対岸の影はやがて遠ざかって見えなくなる。
だが、いつか海辺で暮らしている者たちには出会えるはず。


 

ドムハは努めてこれからのことを考えた。


 今度どこかの群れに出会ったら、シャマが作った筏の話をしよう。
そして作り方を教えよう。作って見せてもいいな。そして、いつかきっと。

心の中で岩場の向こうに語りかけるドムハの目は、海よりもはるか彼方を見つめるように澄んでいた。
                                  <第3話 終わり>

 


 

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