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「人

 生まれいずる

               星」

 −第1章− 

 <第3話>
































































































 ドムハが連れ帰ったショマイの変わりように誰もが驚いた。
激しく問い詰められてもドムハは何も知らないと言うばかりで、彼女を憎からず思っていた他の若者は色めきたった。
シャマがその場を治めなければ諍いになっていたかもしれない。


 だが、当然のことながら誰より胸を痛めたのは、ただ一人の肉親であるシャマだった。

 次の朝。起き上がったシャマはため息をついた。
妹は自分に背を向けて寝ている。


 昨夜、物音で何度も目が覚めた。見ればショマイがフラフラとどこかへ歩いていく姿が見えた。
ためらいながら、危険なところへは行かないだろうと思ったが、どうにも心配で戻るまでは寝られなかった。


 いつもなら自分より早く起きるのに、今朝はその気配がない。


 狩りにでも連れて行けば気分が変わるだろうか。
シャマはそんなことを思いながら朝の浜辺へ向かった。



 海は青いもの、だったはずだ。
これが海だろうか。
これは本当に昨日まで自分が見ていた海だろうか。
こんな海は知らない。こんな、こんな赤い海なんて。


 赤かった。浜に打ち寄せる波が見たことのない赤に染まっていた。
その朝焼けの色とも違うべっとりとした色は潮のにおいまで変えてしまったようだった。


 シャマは呆然とした。よく見ると波間に白いものが漂っている。
魚の腹だ。波に漂う沢山の筏の隙間に小魚から大き目の魚までが浮いている。
死んでしまっているのは明らかだった。


 陸とは別に、もう一つの狩場として食べ物を与えてくれていた海は一夜で様変わりしていた。


 三々五々集まってきた仲間も異様な光景を前に立ちすくんだ。
足元に打ち寄せられた死んだ魚を見ても、とても食べる気にはなれない。

 折りしも「マイニュ」がやってきてから起きた異変に、不安は確実に広まっていった。


 ドムハもいつもと違う海に言葉が出なかった。
だが、彼の中では驚きよりも不安が大きかった。
これから群れの中で多くの命が失われる。そんな予感があったからだ。


 だが、それはなぜか。その答えには自信がなかった。


 今回の赤い波と、以前見た覚えのある赤い波は違うものかもしれない。
以前多くの命を奪ったのは赤い波が原因ではなかったのかもしれない。
だが、記憶にある痛ましい出来事の前触れだったのは確かだ。


 仲間が死ぬ。沢山死ぬ。ショマイが、シャマが死んでしまうかもしれない。


 自分の想像を振り払おうと頭を振ると、ショマイの姿が目に入った。


 日に焼けた顔を青ざめさせて、ドムハの影のように立っていた。
今まではドムハが明るい彼女の影のようだったのに。
赤い海を見て、一層様子がひどくなったのか。


 ショマイはうつむいたまま、自分の腕をつかんでいた。
まるで必死にドムハの前に自分をつなぎとめようとしているかのようだ。

「ショマイ?具合が悪いなら……」

 その言葉に顔を上げたショマイは、深く息を吸い込むと、赤い海を背にしたドムハに向かってかすれた声を出した。

 


 活発だったショマイに続いて、海が血のように染まる異変。
だが、奇妙なことはそれで終わりではなかった。


 ある者は夜になると空を飛ぶ黒い影を見たと言った。
一方、ある者は寝ている間にすぐ側を歩くかすかな足音やにおいを嗅ぐ鼻息、獣の荒い呼吸の音まで聞いたという。
だが、見張りは何も見ておらず、皆は震え上がった。


          


 シャマは焦りを感じていた。元々いくつもの小さい群れの集まりである自分たちだ。
その繋がりは、とても脆い。マイニュの存在だけでも問題なのに、立て続けに起こる事態に動揺し、このままでは分裂して争いになるかもしれない。
そこにあのマイニュが攻めてきたら、ろくに戦うことも出来ないだろう。


 シャマの中では遠くに浮かぶティンワの存在が益々大きくなっていった。
あそこなら失われた安らぎを取り戻せるかもしれない。
それはシャマ自身の願いでもあった。


 海がすっかり元通りになると、再び漁が始まった。
これで少なくとも飢えの心配はなくなると誰もが思っていた。
しかし、それが更なる異変の始まりだった。


 捕ったばかりの貝を食べた者が苦しみ始めたのだ。
大人も子供も舌や唇、顔の痺れを訴え、そのうちに話せなくなってしまう。
ねぐらへ帰ろうとしてもまともに歩けなくなり、バタバタと倒れてく。
その場で頭を抱えてのたうち始めると、身体を震わせて吐き始めた。

 

 


 

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