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「人

 生まれいずる

               星」

 −第1章− 

 <第5話>
















































































興奮冷めやらぬ彼らを前に、セウェは大急ぎでいくつか方法を考え、その一つを選んだ。
海者の長老とその周りに訴えるように話し出す。


「さっきの魚、恐ろしい顔だったな。……実は山でもおかしな獣が出たらしい。
目が大きくて、角がいくつもあって、大きい牙と爪があったそうだ。
襲われて怪我をした者がその獣から山を去るように言われてな。
山の精霊のお使いの言葉だから、皆すぐに動くことにしたらしい。
あんた達の所にもお使いが来たんだから、すぐに群れを動かしたほうがいい」


 海者たちの顔色が変わる。タナウもびっくりして養い親の顔を見る。
いつそんな話を聞いたのか。


「それは本当か、セウェ」

「ああ、今日のお使いの魚は小さかったから良かったけれど……。
誰かが怪我をしない内に動かないと、もっと恐ろしいのが来るかもしれないぞ」


 自分達も鳥たちを追ってこの辺りを去るつもりだから、この海へ来るのは今日で最後だと付け加える。急な話にざわめきは一段と大きくなった。


 セウェは海者たちがごくたまにサメという生き物に悩まされていることを承知していた。事実、誰にとってももっと恐ろしいことがすぐそこまで来ているのだ。
自然セウェの顔は演技であることを忘れていた。


 長老も皆も真剣な表情になった。確かに不気味な魚たちを間近で見た驚きは大きい。群れの移動も初めてではない。だがそれでもここはまだまだ豊かな漁場なのだ。儀式を行い、群れ全体で数日漁を慎めば海の精霊も鎮まってくれるのではないか。どの顔もそう言っていた。


 セウェは真実を告げたかった。今まで見て、聞いて、命からがら経験してきたことの恐ろしさを伝えたかった。だが今までも真剣に話せば話すほど、混乱が生まれ望む結果にはならなかった。わずかでも助けられればまだいいほうだった。
川者は土地全体を、他の部族のことも詳しく知ることができる。それが強みだ。
だが山と海の両方に頼り、強い力を持たないという弱みがある。
いつも行き来があっても、いざ事が起きれば何かと悪く言われ、侮られ、疑われる。川者になったのは間違いだったかもしれない。


 せめて自分が生きてきた年月に似合う姿だったら、その言葉を信じるものもいたかもしれないが。セウェはもう一度早く移動するようにと言い、半ばあきらめのため息をついた。


 今は自分たちの群れが心配だ。目を丸くしている養い子の背を押すように竹筏のほうに足を向けた。


 砂浜で何かを熱心に見ているワムギが見える。タナウがそちらへ声をかける。
顔を上げたワムギに不意に緊張が走り、体をぶるっと震わせる。
それと、ほぼ、同時だった。


 ドン!と強い衝撃に下から全身を突き上げられた。

「始まったか!?」

ドンドンドドド!と休むことなく更に強く揺さぶられる。
とても立っていられず思わずしゃがみこんでしまう。
ワムギが悲鳴を上げてふらつきながら走り寄ってきた。
その間も上下に左右に大地が踊る。


 大気までが震え、海者たちの悲鳴がかき消される。少年たちと腕につかまって体を支え合いながら、セウェは振り仰いだ。この数日、心に重くのしかかっていた存在を。


 浜辺からは視線の遥か先、樹海から僅かに頭を出したあの火の山が雄叫びを上げている。

激しいその鼓動の中、いつも空へ伸びている灰色の煙のそばでもう一本煙が立ち上った。呆気に取られているうちに更にもう一本の煙が見え、視界が揺れる。


 だが、震えているのは自分自身なのか、山自体なのか。
更に激しく世界が、揺れ―。 


 火の山の頂が弾け飛んだ。大魚が躍り出た川面のように、その堂々とした自らの体を壊し、砕き、八方に向かって吹き飛ばす。
その一部が空へ向かって撒き散らされる下で火の山を囲む森が身をよじる。
轟音という無音の中で森全体が後ずさっていくようだ。
嵐より強い風で木々が薙ぎ倒されているのだと分かると、セウェは叫んだ。


「……!!」


 叫びは樹海を押しつぶす音に侵されて、自分の耳にすら届かない。
子供たちの体を自分の下に抱え込み、揺れる砂浜に押し付ける。
間髪置かず、あっという間に見えざる空気の手が迫り、木も砂も苦労してここまで運んだ竹筏も積荷も、全てを吹き飛ばした。身を寄せ合った三人と海者たちも容赦なく二転三転し、荒ぶる熱風の中で悲鳴をあげた。


 背中から地面に叩きつけられた痛みにセウェは歯を食いしばる。
その顔のそばに、体の近くにドスンと落下音が続いた。
空に飛び散った山の一部が向かってきたのだ。
大人の頭よりも大きい岩が次々と近くに降りかかる。
たちまち新しい悲鳴が辺りから聞こえた。セウェは慌てて起き上がると子供たちを急き立て、火の山に背を向けて走り出した。
海者たちは走り出し、飛ばされなかった大きい岩の陰に隠れようとしていた。
魔物の魚が知らせていた災厄をもう誰一人として疑うものはいない。


「走れ!逃げるんだ!」


 走るセウェの言葉を耳にした彼らは驚いた。
こんな岩の雨に当たったら肉が裂け、骨が折れてしまう。
止むまで待ったほうがいいではないか。


 他の者には声さえ届かない。繰り広げられる天変地異に畏れ、薙ぎ倒された森の向こうで天に向かって伸びゆく噴煙を固唾を呑んで見守っている。


 揺れが静まった砂浜をセウェは更に二人を急がせた。
だがいまだに海面は激しく揺れ、波が迫ってくる。
少しでも速く、少しでも遠くに逃げなければならない。


 空気が揺れるのを感じると、次の瞬間目の前に黒い影が現れた。
慌てて避けて走ると、脇を掠めて岩が飛んでいった。
黒い影がまたひらめき、三人が避けるとさっきまでいた所にまた固まりが重い音を立てる。


 タナウはハッとした。こげ茶色の体から大きく黒い皮膜が伸びた生き物が自分たちを安全なほうへと導いている。この果物こうもりはどこから来たのか。

隣のセウェを仰ぎ見ると「二人とも振り返るな。あの黒い羽を全力で追いかけるんだ」と言葉が返ってきた。
 

 

 

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