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「人

 生まれいずる

               星」

 −第1章− 

 <第5話>
















































































 
滝は横に長く張り出した岩棚から岩棚へ激しい勢いで水を落としている。
熱気の中でわずかに漂う冷気が心地よい。
近くで沢蟹でもさがしているのか、子供たちがいて目ざとくセウェたちを見つけた。数人が大人を呼びに駆けていく。


  竹筏を近くの岩や木に結びつけていると、早くも大人たちの話し声が聞こえてきた。


 

タナウたちは初めて見る山者たちに心を躍らせた。
さまざまな毛皮を腰にまとい、小さい骨に穴を開けた飾りで首元を飾っている。
全身を覆うのは川者たちとは違う、獣の模様の入れ墨だ。


 セウェは一番多く顔を合わせている者らしく、慣れた様子で荷の包みを解いて見せはじめた。

「ほら、この貝細工きれいだろう。好きな娘にあげるといい。
この海草も持って行くかい?」

「セウェ、子供と来るなんて珍しいね。大人たちは?」

「いや、この二人がどうしても来たいっていうから。
それにしても今日は少し獲物が少なくないか」

「なんだか最近山に獣がいないんだよ。まだ捕りすぎてはいないと思うんだけどな」


 山者達と話をしながら、次々と海の恵みを山の恵みと交換していく。
代わりに二つの竹筏には毛皮、干し肉、出来のいい石器やその原料である特別な石、骨角器と削る前の骨などが載せられていく。


 タナウもその様子にわくわくしながら、セウェに言われた荷を渡していく。
ふとその中にこの間見せてもらった鳥石があった。
海に沈めればまた鳥になって空を飛ぶという石。
それはよみがえって、また沢山の卵を産む鳥の命の力を宿した石だ。


 タナウは自分を産んで死んだ母親の顔を知らない。
セウェがいないときは群れの女たちが代わる代わる面倒を見てくれた。
でもやさしく包んでくれる、自分のためだけの温かい胸や温もりはなかった。


 自分の母親にもこの鳥石があったら、今も元気で一緒にいられたのだろうか。


 視線を感じて顔を上げると、少女がこちらを興味深そうに見ていた。
年は同じころだろうか。タナウは少し考えてから、手に持ったものを差し出した。

「鳥石だよ。持っているときっと元気で赤ちゃんが産めるけど。
まだ必要ないかな」

「これが有名な海のお守り?お姉ちゃんにもうすぐ赤ちゃんが生まれるんだけど……。これと交換してくれる?」


 差し出されたのは葉でしっかりと包まれた赤土の塊だった。

「大人はわざと傷を作って、これをすり込んで入れ墨にするの。
山や森の精霊の力をいつも借りられるように。
でも私たちはこうやって印をつけて守ってもらうの」


 そう言って赤土の粉を手に取るとタナウの腕に丁寧にこすりつけた。
黄色と黒の模様の獣そっくりの柄を描いてくれる。

「これで森の精霊がいつもそばにいてくれるよ」

タナウは礼を言って鳥石と赤土の塊を交換した。
産まれた子供がずっと彼女の姉と一緒にいられるように祈りながら。


                           





 山者達に見送られて滝を後にする。朝に荷物を移し変えた渓流に着く頃には辺りが赤い光に包まれていた。行く手の下流には自分たちの住処が、そして更に先には海があるはずだ。その方角から枝と葉を透かして夕日が覗く。


 そのとき突然ワムギが両手で耳を覆った。頭を抱えるようにして、体を丸める。それを覆うように黒い影が空に躍った。

鳥だ。鳥の大群が頭上を飛んでいく。巣に戻るにしてはあまりに多く、激しい勢いで森は騒然となった。
嵐のように、雷鳴のような羽ばたきと鳴き声が夕立となって川を叩いていく。
鳥たちが去っていった方角を眺めると、空に赤いものが見えた。


 血を吸ったように赤く染まった月が浮いている。
見たことのない色にタナウは大きな目を見張った。
恐る恐る顔を上げたワムギも同じだ。


 暗くなっていく東の空で徐々に不気味な光を増す月のほうから、風に乗って雲が流れてくる。それにつれてセウェの不安も増していく。


 これをどこかで見たことがある。確かあの時は……。
いや、まだわからない。思い過ごしかもしれない。
セウェは怯える少年たちを促し、夜を過ごす準備を始めた。


 


 次の日の朝。それはとても静かな朝だった。
いつもは聞こえてくる賑やかな鳥のさえずりが全く聞こえてこないのだ。それに喜んでいいはずの虫達の音も戸惑いのせいか、あまり聞こえない。光に満ちる時間なのに森も川も生気を失ったようだった。


 結局、通り過ぎた川原でも自分たちの住処でも、羽を持つものたちの姿はなかった。見られたのは羽の入れ墨を背中に刻んだ仲間ぐらいだ。
どこかで鳥たちの集まりでもあるのだろうか。
その力を頼みにする者として行かなくてもいいのか。だが、一体どこへ向かえばいいのか。疑問は湧いても、その答えは誰の中にも見つからなかった。


セウェはどうしても海へ行くつもりだった。
確かめなければならないことがある。これは他の誰より長く生きているだろう自分の役目だ。タナウ達も海へ連れて行くことに特に疑問を口にする者はなかった。


 山の恵みの半分を仲間たちに渡し、すぐに出発した。
軽くなった竹筏は深く、広くなっていく川をすべるように進む。


 ここからは筏を操るよりもワニたちに注意しなければならない。

工夫を凝らした銛の先もあの皮をうまく貫けないし、部分によっては骨のように頑丈だ。昼間はあまり活発には動かないが、子どもを丸呑みできそうな大きい口を考えると、油断はできない。


 川面ばかり見ていたからだろうか。それに気づいたのはタナウのほうだった。

 

 

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