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「人

 生まれいずる

               星」

 −第1章− 

 <第5話>









































































 タナウたち川者は、海者たちや山者たちが群れごと移動するのに合わせて同じように移動する。そしてその度に、海から遡って川が急流になる手前に住処を造ってきた。つまり川者の住処を過ぎると、上流の山者の住処へ行くには段々きつい流れを遡らなければならなくなる。


 しかし大人がいないとき川へ行くことを禁じられているとはいえ、タナウもワムギも筏と棹の扱いはしっかり身についている。
川の浅いところを水が速く流れる危険な瀬を避けて、深いところを静かに流れる淵を選んで何とか遡っていく。


 セウェはそれに少し安心しながら、周囲に注意をめぐらせた。
確かに今までワニに目の前で仲間を殺されたことはなかった。
だが危険が全くなかったわけではない。油断はできない。


 ほどなく最初の難所である長い瀬が見えてきた。
川全体の底が浅く、速くなった流れが飛沫をあげ、水面を白く泡立てている。セウェの腕でもこの早瀬を越えることは容易ではない。
子供達に言って竹筏が川底の石にぶつかる前に止めさせた。

「どうするの?」

「タナウ、この縄であそこの木に筏を縛り付けてくれ。
そしたら重い荷物を下ろして川上の、瀬が終わる所まで運んでくれ」

「え、自分の手で運ぶの?」

「そう。そうすれば荷が軽くなって浮くから、筏の底を石で傷つけずに遡れるだろう?」

「そうなの? ワムギ、やってみよう」

タナウは感心したように言うと、言われたとおり筏を降りた。
相棒と一緒に汗を流しながら荷を運ぶ。

竹筏の浮き加減を見て、セウェは縄を解かせ棹を握る。
腕を動かすと彫られた大きい刺青もまるで羽ばたくように動いた。
慎重に少しずつ川を上り、残りの荷物ごとタナウ達が待つ上流に着く頃には辺りが薄暗くなっていた。今日はここで夜を明かすことになりそうだ。


 筏の荷にワニや他の獣達がにおいを嫌がるという葉を沢山かぶせ、上に蔓で編んだ網をかぶせる。それから三人は小枝を沢山集めると、朝まで消えないようにすぐ側の河原にうずたかく積み、上から火をつける。それから自分たち用に岸に上がったところにもう一つ火を起こす。
今頃川下の住処でも仲間達が干し魚や干し貝をあぶって食べているだろう。


 夜の森は昼とは違う気配の賑やかさに満ちている。
陽の光の下で眠っていた獣達が起き、頭上を行き交っている。


 タナウもワムギも今日の冒険を振り返り、興奮気味に手振り身振りを繰り返していた。

「明日はもっと疲れるから、体を休ませておくんだぞ」

セウェは辺りに気を配りながらも、微笑ましい思いで二人を眺めていた。

 

 


 翌朝セウェは起きるとまず、川面を覗き込むように枝を伸ばす木によじ登った。


 ワニが勢いよく体を反らせても届かない高さまで登ると、枝に絡みつく蔓を切ってしごく。あらかた葉を取り除いたその先を持っていた針に結びつける。両端を鋭く刃のように削り、真ん中を細くした骨製の直針だ。


 結びつけた針を手に心を落ち着ける。その日初めて水に落とす針は特別な意味がある。特に今日は気を抜けない。


 気持ちを込めて蔓を垂らす。水面に落ちた直針がかすかに波紋を作った。タナウとワムギが声を抑えて見守る中、しばらくすると川面が震えた。


 引っ張りあげた蔓の先には飛沫を散らす一匹の魚がかかっていた。
セウェは慎重に持ち上げ、木の根元にいる二人のところに下ろした。


 地上に生きるものが海や川に入り、獲物を取るには願いと許しが必要だ。その為に地上と水中、二つの世界を一本の蔓で結び、精霊と交信する。何も釣れなければ、精霊の許しを得られなかったということだ。
その日は水際の行いを控えなければならない。

「父さん、海の精霊は許してくれたんだね」

「うん、どうやら今日も川に入り、川のものをとることを許してくれたようだ。早速この魚を分けて食べよう」


 許しの魚を自分の血肉にすることで、水や水の中の獣たちにそれを示す。少しでも危険を避けられるように。

 
 遥か北の大地から来た先祖が火の山から火の山へと移動を繰り返しながら伝えてきた習いの一つだった。このしきたりを岩や木の上から川魚を狙う鳥の様子になぞらえて、川者たちはその身に羽をかたどった彫り物を刻む。背中から肩、二の腕にかけて描かれた羽と、本物の羽毛で飾った獣の毛皮、そして身につけた貝細工が山と海をつなぐ者の装いだ。

 
 腹をふくらませて出発して程なく、今度は小さい渓流が見えてきた。澄んだ水が丸みを失い始めた岩でいくつにも裂かれて滑り落ちてくる。


 これはさすがに竹筏では上れない。困惑して振り返ったタナウにセウェは笑った。

「大丈夫。向こうに別の竹筏を置いてあるから、今度は三人で荷を運ぼう」

 荷を背負って、しっかり体に縛り付けると渓流脇の岩を登る。
その辺りだけ風が涼しいのが救いだ。上りきると、流されないよう苔生した岸に上げられた竹筏があった。その二つの筏を水に浮かべて、荷を半分ずつ乗せる。その間に他の二人はもう一往復して荷をすべて移し終えた。汗だくになった体に果物がうまい。


 ここまで来ると川が浅くなるため荷を分けて運ぶ。
少々手間だがワニの心配も少ない。遠くから強い雨に似た音が聞こえ始めると、やがて水気をたっぷり含んだ緑の隙間に滝が見えてきた。


 山者のところに着いたのだ。
 

 

 

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