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「人

 生まれいずる

               星」

 −第1章− 

 <第5話>






















































































 

元々、彼らはタナウ達とは別に暮らしていた。
だが今ではお互い助け合って暮らしている。


 中でもタナウとワムギは一緒にいることが多くて、息もぴったりだった。


 銛一本を手に果物をかじる親友を連れて、タナウはさっき通った道を引き返した。その後ろからワムギの姉だけでなく、何人もの仲間がついてきている。その道の先にタナウの父が待っているはずだった。

 


 巨木と蔓でうっそうと茂った森は毎日のように雨に洗われ、昼間はじっとりとした空気に満たされる。その中を列の先頭の二人は踊るようにすり抜け、やがて川岸に出た。


 頭上を覆うように茂った木々を映してゆらゆら揺れる川面には大きな竹筏が浮いている。


 木につなぎとめられたその筏を、既にタナウの仲間達が取り囲み賑わっていた。

「父さん、ワムギを連れてきたよ!」

「やあ、ワムギ。仲間も連れてきてくれたんだね。」

 
竹筏の上でタナウの父、セウェは岸の仲間達に積荷の一部を渡しながら笑いかけてきた。体つきはすらりとして若々しく、タナウのような大きい子供がいるようには見えない。
背中から肩、二の腕にかけて歪んだ三日月のような形の刺青がある。
ワムギは白い歯を見せて笑顔に近い表情を見せた。

「父さん、今度は海者のところから何を持ってきたの。」

「まあ、いつもと同じだよ。干した魚や貝、海草。でも久しぶりに食べるだろう?ここからもっと上流の山者から見たら、いつもは食べられないものばかりだからね。ああ、それから貝細工とほら、鳥石があるよ。」

 
 セウェは大きな葉で覆われた海の幸の間から、いくつかの石を取り出して見せた。

「へえ……、これが鳥石? あんまり鳥に似てないね……。」

 タナウはセウェがそっと差し出したものを受け取った。
話を聞いたことはあったが見るのは初めてだ。
その石は鳥と言うより羽を広げた蝶のような形をしていた。
それでも『鳥石』と呼ばれるわけがあるのだ。


 タナウは昔から父に聞かされていた話を、隣で手の中を覗き込む少年に教えた。

「ワムギ、この石はね、昔は鳥だったんだって。
あの黒くて小さくて、早く飛ぶ鳥だよ。雨の季節が終わると、いなくなっちゃうだろう? 雨が降らないととても暑くなるから、海の中でずっと寝ているんだって。でも寝たまま浜に打ち上げられて乾いちゃうと、こんな風に石になるんだって。でも死んでないんだよ。
この石をまた海に沈めれば、また鳥に戻るんだ。
すごいだろ?」

 
 タナウは腕を広げて飛ぶ動作をして見せた。
ワムギも喜んで真似をして、大人たちの笑いを誘った。


 その間にワムギについてきたもの達は、セウェと一緒に竹筏に乗っている自分達の仲間から同じように海で採れるものを受け取っていた。

         

 岸辺と川面の間の賑やかなやりとりが済むと、荷を少し降ろして軽くなった竹筏に、タナウはひょいと乗り込んだ。
そしてワムギの仲間が降りて空いた場所に、今度はワムギ本人が乗る。


 タナウは以前から上流の山者と下流の海者たちの暮らしを見てみたくて仕方なかったのだ。好奇心の強い年頃の少年が「今度帰ってきたら、ワムギと一緒に乗せてやる」と言ったセウェとの約束を忘れるはずがなかった。

「もう小さい子供じゃないから、仕事もしっかりするよ。だから大丈夫だよ」

有無を言わせない笑顔を向けてくるタナウにセウェは「やれやれ」と苦笑いをした。

 いつもは自分達の群れの一人とワムギ達の群れの数人が交代で組となる。その組でこの川と竹筏を使い、山と海の間を行き来している。
その間に住む自分らのような川者達は山の恵みを海の者に、海の恵みを山の者に届けて、その途中で両方の一部を取り分にしてきた。
今もその分配を行ったばかりだ。

 遠くから運ばれてくる色んなものに興味をそそられ、外の世界を見たいと思うのはどんな者でも、どんな場所で暮らしていても同じだ。
目の前のきらきらとした眼にセウェは今までに見たいくつもの面影を思い出していた。

「危ないこともあるんだぞ。どうしてここでは魚を捕れないのか、知ってるだろ?」

「うん、ワニが出るからだよ」


 タナウは今も岸辺で見張り役をしている男を見た。
ワニは音もなく近づき、突然大きな口を開けて仲間を水中へ引きずりこむ。
小さな子供は特に犠牲になりやすい。昔からこうして川岸で荷を渡すときも、危険が迫っていないか大人の誰かが見張る決まりなのだ。
子供を連れて荷を運んではならないという決まりはなかったが……。


 「でも父さんが乗った竹筏では誰もワニに殺されたことがないって皆が言ってたよ。だからいつも父さんが竹筏に乗るんだって。
だから今度だって平気だよ。父さんと一緒なら」


 その言葉に何かを言いかけて、セウェは口を閉じた。
タナウがその話を聞いたのは、きっと自分が竹筏に乗りこんで長く側にいなかった間のことなのだろう。


 産まれてすぐ母親を失ったタナウを、ずっとセウェが一人で育ててきた。セウェがいない間、タナウの不安を残っている仲間が和らげてくれていたのだろう。

「……それはわからないぞ。だから、筏の上ではいつも周りに気をつけるように」

「うん、わかった!」


  タナウが喜び一杯の顔で振り返ると、ワムギの方は岸に下りた仲間と呻くような音やあくびをするような音を出して何事かを伝え合っていた。あちらの方もうまく交替できたようだ。


 まだ陽の高い川辺で、タナウとワムギ、そしてセウェの3人は上流に向かって竹の棹を動かし、家族や仲間達にしばしの別れを告げた。

 
 

 

 

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