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「人

 生まれいずる

               星」

 −第1章− 

 <第4話>
































































ンナンの自由な方の手がハルパの首飾りを掴み、引きちぎった。
貝細工がばらばらになって散らばる。その一つをンナンは握り締め、背中を丸め力み続ける。足の間に小さい頭が見え始め、最後の力で歯を食いしばり息んだ。

外の叫び声が、止んだ。中で唸る声も、止まった。


 代わりに聞こえてきたのは。


 誰かのために泣くような、新しい命の産声だった。


 狭い空間で反響するその声に誘われるように、ふらりと洞穴の入り口に影が立った。気が付くと、いつの間にか外からは弱くやわらかい光が差し込み始めている。

不確かな足取りで近づく姿が逆光の中でぼんやりと浮かぶ。

 アミュタだった。

 
 いつもハルパが整えていた髪は乱れ、顔や手足のあちこちに血糊がつき、着ている毛皮にまで赤いものが飛び散っている。
だが自分の血ではないようだ。


 尚もぎらぎらと鋭い目が、奥のぬるぬるしたものに覆われた小さい生き物と、それを抱くンナンに止まる。
ンナンは産まれたばかりのわが子を抱きながらも朦朧としているようだ。


 それからアミュタは呆然と自分に視線を向けてくる少女を見た。
ふっと目つきを和らげると近づいて膝をつき、自然に抱き寄せる。
手と体温でその存在を確かめようとするかのようだった。




 夜明け前の空気を引き裂くような叫びと、やがて遠くから聞こえてきた辺りをはばからぬ泣き声。自身も傷を負いながらも娘達を案じていたもの達は、朝もやの中で耳をそばだてた。
心当たりは一つしかない。


 だが母になったはずのンナンは無事なのか。
産まれた子供に危険はないのか。アミュタとハルパは一緒なのか。
彼女らを狙っていたやつらはどうしているのか。
泣き声に耳を澄ませながら、その足は速まり、不安は募る一方だ。



 だが泣き声に近づくにつれ、あまりにも強くなっていく血の臭いに足並みは乱れた。あたり一面に漂う生臭い臭い。
 それなのに、子供が産まれるといつもすぐ集まってくる獣達の気配はない。それが却って何か悪いことを予感させる。


 やがて木々の間を通り抜けた彼らの前方に洞穴が見えてきた。

 
 だがその前にはまるで巨大な獣が狩りをしたような光景が広がっていた。


 槍や銛はへし折られ、仲間のものと思われる手足が獣のむくろに混じって散乱していた。どれも石刀を使わず強い力や鋭い牙で引きちぎられ、骨も砕かれている。尖った爪で貫かれた胴体に繋がっている頭は凄まじい顔をしていた。血走った目が恨めしそうにかっと見開かれたままだ。


 今までにも獣に襲われた仲間や子供を捜して同じようなものを見たことがあった。だが目の前の光景の凄まじさに誰もが言葉を発することができなかった。



 真っ先に我に帰ったアミュタの母が洞穴へ走る。
ンナンの夫もそれに続く。


 彼らはこうして愛しいもの達との再会と、新しい仲間との出会いを果たしたのだった。





 あの時消えかかった意識の中で千切ってしまったハルパの首飾り。その手で偶然掴んだものが、今はンナンの首にかかっている。
ハルパから贈られたその貝殻はとても古くて、殆ど石のように硬くなっている。


 翼を広げた小鳥のような、半円形をしたその貝殻が無事に子供を産ませてくれたのかもしれない。子供の顔を見ながら、ンナンはそんな風に考えていた。


 だがこんな体ではしばらく遠くへは行けない。
かといってこの辺にはお乳が出るほどの沢山の食べ物はもうない。
これからどうすればいいのか。



 傷を癒す仲間達の中で、今日もハルパは元気だ。
あの血の海の洞穴から移動して、明るさを取り戻してきている。


 そのハルパが川へ行ったかと思うと、すごい勢いでかけ戻ってきた。勿論アミュタも一緒だ。少女は大きく手を振って叫んだ。

「来たよ!戻って、来たよ!アミュタの魚が!」

 精霊との約束はまた守られた。ハルパはやはり精霊の子だ。
ンナンはわが子を抱く手に力がよみがえるのを感じていた。

                              
                           <第4話 おわり>

 

 

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