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「人

 生まれいずる

               星」

 −第1章− 

 <第4話>















































































 朝と夜の空気は益々冷たくなり、皆は身を寄せ合って寝るようになった。
アミュタも慣れてきたのか、或いは何かを思い出し始めたのか、ハルパの手を通して渡されたものは口にするようになった。
それまで自分の素手で集めていた食べ物が乏しくなってきたせいもあるのだろう。


 そんな彼女から送られた「アミュタの魚」の干物で今回の寒い時期はかなり楽に過ごせている。
それでも又暖かい季節が巡ってくるのを心待ちにしない者はいなかった。


 ンナンはアミュタの傷の治りも待っていたのだが、不思議なことにそれは消えることはなかった。
それどころか最初傷に見えていたものが、よく見るとそうではないようだった。
とても強くこすったような、引っかいたような痕が腕や足や背中など体のあちこちで網目のような、魚の鱗のような模様になっている。


 晴れ間の暖を求めて川べりで日光浴をしている時、離れたところに座っているアミュタを見ていると、その模様すらも海の精霊によってつけられたもののように思えた。


 海の精霊はやってきた者には鱗の模様を刻み、送り出す者には珍しい貝細工を持たせるのかもしれない。

「あ、まただ。」

 物思いに耽っていたンナンをハルパの声が呼び戻した。

「またって、何?ハルパ」

「ほらほら、川に小さい葉っぱが落ちるとね、魚が泳いで来て、パクッと食べるんだよ。ここの魚って葉っぱを食べるんだねぇ」

「ふうん……」

 言われてじっと目を落とすと、流れてきた枯葉に向かってまたその魚が浮かび上がってきた。
小さな波紋を作って飲み込むが、すぐに吐き出してしまう。

「食べてるわけじゃないね。虫と間違えているみたい……」

「へぇ、面白いね!」

 アミュタと昼寝をするのに飽きたらしいハルパは近くの蔓を千切って、その先だけを川面に浸して遊び始めた。
その様子を見ていたンナンはぼんやりと考えた。


 大きな鳥が落ちてくるように水面すれすれに飛んできては、その足でがっちり魚をつかんでいくのを見たことがある。
あれはもしかしたら、今のように落ち葉を虫と間違えて浮かんできた魚を捕まえていたのかもしれない。


 水面の虫を食べる魚。水の中の魚を捕まえる空の鳥。
自分達もきっと同じだ。


 数日後、ンナンは石器を作るときに出た破片を鋭く削って、ハルパが遊んでいた草の蔓に結んでやった。
喜んだハルパがそれを流れに放るのをアミュタと並んで眺めた。


 ンナンは「あれ?」と首をかしげた。
いつもは大人が近づくと嫌がるアミュタが今は穏やかな横顔を見せている。
ハルパに優しく接してきたことで信頼されるようになったのか。

ンナンの中の「アミュタは守りきれなかった自分を恨んでいるかもしれない」という不安が、川の流れに溶けてゆくようだった。

「あ、引っ張られてる」

 ハルパの声に目を向けると、蔓を両手で引き上げようとしている。
既にアミュタは少女を体ごと引いていた。
ンナンも加わって蔓を引く。河原に引き上げると「アミュタの魚」には及ばないものの、意外な大物が盛んに尾ひれで石を打っていた。


 ハルパは歓声を上げ、大人二人は目を丸くした。
ンナンもまさか本当に石器の破片が鳥の爪の代わりになるなど考えていなかったのだ。


 細く丈夫な枝を切ると、えらに刺してやる。
三人で初めて協力して手に入れたもの。この時はただそれだけで充分だった。


 だが、ハルパが長達にその話をするとそれだけでは済まなくなった。


 何しろ銛や網で必死に捕まえてきた魚を、小さな子供が蔓一本で捕まえたのだから。
ハルパが海の精霊の娘かどうか半信半疑だった者まで、驚きとともにそれを信じるようになっていった。
それはンナンさえ考えもしない結果だった。




やがて待ち望んだ春を迎え、野山へ移動して狩りに精を出した夏が終わり、木々の葉が色づき始めると、皆の中で不安と期待が高まり始めた。


 前の時と同じように「アミュタの魚」は来てくれるだろうか。
自然とアミュタとハルパの様子を皆が伺うようになり、それを嫌がるアミュタは益々姿を隠すようになってしまった。
一方、ハルパがいつものように蔓を川面に垂らしていると、それを通じて川の流れる先、海の精霊と話しているのだと言う者まで現れた。


 そして期待通り「アミュタの魚」たちが川を上ってくると、群れ中が大変な騒ぎになった。
獣と違って少々の音を立ててもまっすぐ上流へ向かうので、皆踊り歌いながら手入れされた網を持って川へ向かう。
熱に浮かされたような漁は数日間続いた。


 やはりこの鳥のような尖った口の魚は、精霊がアミュタと交わし、ハルパをその証としてきた約束の贈り物だったのだ。


 長は漁を終えた夜、手頃な石の端に二本の短い線を刻んだ。
一本目にはアミュタと引き換えのように魚たちがやってきた時の気持ちを込めて。
そして二本目には待ち望んでいたものがきちんと与えられた喜びを込めて。


 刻み終わった線をしみじみと眺めるとそっと皮袋に入れる。
それはうまくできた石器などを入れておく、長にとって大事なものだった。


 この時から群れではアミュタとハルパにとれた食べ物を差し出す仲間が目に見えて増えるようになった。
何でも知りたがるハルパの質問をうるさがる者もいなくなった。
陸の暮らしについて色々と教えれば、いざという時にハルパを通じて精霊に助けを求められるかもしれない。
 
 野山が赤や黄色に染まり、魚たちがやってくる度に二人だけでなく、娘を精霊に捧げた母親とその夫である長の地位は確かなものになっていった。

                                  

 

 

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