<< SKIP   < PRE     □ CHARACTERS     NEXT >    SKIP >>

「人

 生まれいずる

               星」

 −第1章− 

 <第4話>















































































「下流だ! 下流の方へ逃げていくぞ!」

 森の空気を裂くような声が響き、ハッと身構えた。
木々の間を逃げてくる獣達の影と、それを追ってくる仲間達の影が躍る。


 獣も川を渡ろうとすれば足が少しは遅くなる。
仲間達がその瞬間を狙うことになっている。討ち取った獲物が川下に流されないようにするのが、あたしやアミュタの役目だ。
川岸へ運べない程大きい獲物は近くの倒木や枝に結び付ける。
手にはそのための縄に、槍も持った。危険な狩りでも子供達以外、動けるもの全員で取り組んでいる。

最近、沢山実った果物を求める獣達とあちこちで出会うようになった、狩りには大事な時期。
ここで獲物を沢山取らなければ、これから来る寒い時期を乗り越えられなくなる。今はあたしやアミュタのように若い娘でもねぐらで待っている余裕なんかない。

「ンナン……」

 アミュタが不安そうにこちらを見た。肩辺りまで伸びた髪も震えているよう。

「大丈夫、怖くないよ」

 自分の不安を押し込めて、アミュタに言い聞かせる。
彼女は長の娘。小さい頃からあたしが面倒を見てきた。
今では背も髪の長さも同じくらいだけど、妹のようなものだ。

「そっちへ行ったぞ!」

一際鋭い声がしたと思うと、近くの茂みが揺れた。
別々の方向へ必死に逃げようと獣達が飛び出してきたのだ。

「アミュタ、下がって!」

 自分の中で「逃げろ!」という声が聞こえる。
でも群れにとって久しぶりの獲物だ。ここで逃げるわけには行かない。


 近づいてきた獣達の勢いは止まらない。数頭の群れが跳ぶようにして土を蹴って迫ってくる。
まるで一匹の大きな茶色い生き物が首を振り、足を振り回しながらやってくるようだ。
思い切って足を前に出し、声で自分を励ます。

「うあぁぁぁぁ!」

その茶色い腹目掛けて、叫びながら槍を突き出した。ガキンという硬い音がして、獣の角にぶち当たり簡単に弾かれてしまう。
大きな影が目の前で飛び上がり、思わず怯んだ。身体が固まってしまう。


 目の前をその獣達が過ぎていく。一瞬の間のできことだった。
生き物の風が過ぎ去って初めて、自分が震えていた事に気づいた。
こんなところ、アミュタには見せられない。口を閉じ、ひくつく唇を押さえてから、声を出した。

「アミュタ、大丈夫だった?」

振り返ると黒い髪の娘の姿はなかった。岸の茂みに隠れたのかと思って、大声で呼んでも返事はない。

「アミュター! もう出てきても大丈夫だよ! アミュター!?」

獣にさらわれたのか。自分から追いかけるほど、アミュタは狩りに熱心でも勇敢でもない。一体どこへ?


 近くにいるものに尋ねても誰も見ていないと言う。
段々悪い考えばかりが浮かんでくる。ねぐら近くの川に止めてあった葦舟を出して仲間と一緒に探したけれど、辺りの濁った川の岸にも水の中にも長の娘は見つからなかった。


 色んな者から激しく問い詰められて、驚きから悲しみへ涙が引きずり出される。


 あきらめきれず長である両親と川を下る。外からも内からも嘆きが押し寄せて胸の痛みは深くなる一方だ。
耳を塞ぎたくても、その嘆きは自分の頭の中から聞こえるのだから。

「アミュタ、アミュタ……。どこ行ったの……。」

 辛くて逃げ出したかった。それでもわずかな望みをかけて、川の中や岸辺に目を凝らす。
でも残ったのは更に重くなった悲しみだけだった。
仲間を一人失ったというのに、狩りは失敗し、満足な獲物も獲れず仕舞いだった。


 獲物を待っていた場所が悪かったの? 一緒に逃げればよかったの? 
ねぐらで待たせていればよかったの? どうすればよかった? 
何がいけなかった?

誰が……、いけなかったの? ……あたし、のせいなの? 


 どうしてあたしはアミュタと一緒にいたんだろう……?

 


 小さいときに母さんが死んで、母さんを好きだった男が育ててくれたけど、その男は乱暴であまり好きじゃなかった。
だから早く自分で食べ物を取れるようになりたくて……。
だから他の子よりしっかりしているように見えたのかもしれない。
小さかったアミュタがついて回るようになって、自然と面倒を見るようになった。その代わり長の家族のように食べ物を分けてもらえるようになって……。だから?

本当はあたしの方がアミュタから離れようとしなかったの?あたしが、悪いの?


 朝になっても自然と足が川辺に向かった。寒さが増してきた川岸にはアミュタの母さんがぽつんと座っていた。
昔は温かかった背中。今は消えてしまいそうに寂しげで、小さい。


 隣に座って、恐る恐る肩を抱くと、力なく身を任せてきた。
悲しみが流れ込んでくるよう。小さな呟きが耳に届いた。

「みんなで……」

「?」

「みんなでとりすぎて、川に魚がいなくなってしまったから、川の精霊が代わりにアミュタを連れて行ったんだと思う?」

「分からない……。でも魚がいれば、あんな無茶な狩りはしなくて済んだのに……」

「長はもっと川上へ行くって……」

 川上へ行けば今よりもっと川底が浅くなって、もっと網が使いにくくなる。
魚も小さくなって、数が減ってくる。またすぐ大変な狩りをしなければならなくなる。そしたら、また……。

 パシャン!

川音に混じって小さな水音が聞こえた。

 

 

             << SKIP   < PRE    □ CHARACTERS     NEXT >    SKIP >>  
                                  

   Tamasaka Library  玉酒    書房
 Home    Gallery    Novels     Notes       Mail        Link

inserted by FC2 system