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「人

 生まれいずる

               星」

 −第1章− 

 <第2話>





















































































 「天の片目」が中天を過ぎこす。吹きすさぶ風がぴたりと止んだ。

 もしそれを見ている者がいれば「夜空の雲が舞い降りた」と思ったかもしれない。
だがその青灰色の塊には細長く湾曲した角と四本の足があった。

 その足はある場所へ向かって蹄の跡をつけていく。

 森の端の茂みの下。そこに「青い背中」の鹿が頭を潜らせると、いつしかまどろみに落ちた少女の姿があった。その目元に涙をにじませ、何かを呟いている。

 鹿はそれに耳を寄せるようにひざを曲げて座り込むと、ティティの頬の涙をなめた。
涙の跡を悲しみと共にすべて拭い去るように。



 何かに触れられる感覚。ゆっくり繰り返し止る音。暗闇が薄くなり、やがて色が見えた。ぼんやりとした形。

 ココア色の体、黒いものに覆われた丸い頭。

 それが手を伸ばし、ティティの指に触れた。握り返すとぬくもりが伝わってくる。
 自分を見つめている日に焼けた顔に覗いている白い歯、穏やかな目。

 ティティは大きく目を見開くと、それに抱きついた。
「ツェボ、ツェボ、ツェボ……」
 何度も何度もその少年の名を呼び、泣きじゃくった。
 少年はティティの背中をおずおずと両腕で包む。一つになった影の向こうで空が明るくなり始めた。

 長かった夜が明けようとしていた。

               

 二人で手をつないでねぐらを探し当てると、群れは喜びに沸いた。
 幸いなことに昨夜川へ行った者たちも無事に戻っていた。

 夢中で獣から逃げていれば枝に毛皮を引っ掛けて脱げてしまうこともある。
ツェボが何も身に着けず、何も持たずに戻ってきたことを誰も気にしたりはしなかった。

 昨夜はぐれてしまった女と長も駆けつけた。女は二人を抱きしめる。

 長はティティの目の高さに合わせてしゃがみこむと、安堵のため息混じりに言葉を吐いた。
「ティティ、その……昨夜ツェボを探しに行った者が、もう少し上流で血のついた銛を見つけたんだ。ツェボの使っていた銛に似ていたし……。皆はてっきりツェボは獣に食われたんだと思って……」
「ツェボは食われてない。ここにいるよ」「そうだな、よかった。……本当に良かった」
 長はそう言って、ツェボのための毛皮と川水で洗った銛を二人の前に置いた。

 二人は与えられた果物を口に運びながら、近くで始まった大人たちの集まりに耳を傾けた。

 昨日のことで上流にはすでに他の群れがいることが分かった。
獲物の奪い合いを避けるために、ここで干し魚などの保存食を用意し、少し下流のところから山麓をなぞるように移動する方針になったようだ。

 いよいよ川からの恵みを全く得られない未知の世界へと赴くのだ。
だが次に他の部族と会ったら、交渉次第では皆が身につけている貝細工でうまく食べ物と交換できるだろう。
また一度に全て奪われることのないように隠し持って運ぶ必要はあるが、切り札にはなるかもしれない。

 ティティは不安で一杯の心の中に揺らがないものがあるのを感じていた。

 ツェボとなら大丈夫。ツェボといれば怖いことなんかない。

 これから毎日のように昨夜のような荒地の光景を見るのだろう。
ティティはツェボにもたれながら、目を閉じてその広々とした景色を思い浮かべてみるのだった。

                                  <第2話 おわり>

 


 

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