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「人

 生まれいずる

               星」

 −第1章− 

 <第2話>










































































































 ティティが大人たちと果物を持って帰ると、ツェボはまだ気を失ったままだった。
 長から話を聞いて、ティティは驚きで顔色を変えた。
 
 ツェボは時折顔をしかめて頭を抱えている。ティティは不安に駆られ助けを求めたが、大人たちも木陰で休ませる以外どうしてやることもできない。

 長や大人たちが様子を見に来たり、食べ物を準備してくれるがそれどころではなかった。自分たちを守ってくれたムサはもういない。自分はこんなに苦しんでいるツェボに何もしてあげられない。
母さんならどうしただろう。ティティは悲しみと不安で水も飲めなかった。

 「天の光」が沈み、ティティの心を映すように辺りが暗くなると、人々は岩陰に枝と草で作ったねぐらで火を起こし始めた。
  
 闇の中で響く不気味な声。目を覚ましたティティは耳を澄ませた。
 肉を食らう獣が自らの縄張りを知らせる咆哮だ。
大きく聞こえるが実際はだいぶ遠い。強くなり始めた風に乗って聞こえるのか。

 遠いからといって安全とは言えない。辺りに充満する虫の鳴き声の向こうには別の生き物の息遣いが感じられるからだ。

 ここでは何者でも「食うもの」であり「食われるもの」なのだ。

 横のツェボの方を見て、ティティは息を呑んだ。
 ツェボが、いなかったからだ。

 あわてて起き上がり、辺りを見渡す。ここは海とは違う危険に満ちている。
近くの大人たちを起こし、探してくれるように頼んだ。

 大人たちは急いで仲間たちを起こすと、松明を配った。
数人で組になると闇の中へと足を進めツェボを呼ぶ。

 ねぐらで待つように言われたティティはトゥモと仲の良かった女たちと肩を寄せ合って震えていた。思わず胸元の貝細工を握り締める。

 これがなければツェボも怪我をしなくてすんだのかもしれない。でも自分だって取られたら取り返したくなる。

 ムサならこんな時、松明と銛を手に飛び出して行っただろう。
目が思わずねぐらにあるツェボの銛を求めてさまよった。ムサが作ったツェボのための銛……。
「……銛がない。ツェボの小さい銛がないよ。もしかしたら、首飾りを取り戻しにいったのかも……!」

 悲鳴に近いその呟きを聞いて一人の女が銛を掴んで立ち上がり、ティティもそれに続いた。一本の松明を頼りに一緒に川辺へ向かう。

 道などない森の中を川音が聞こえてくる辺りまで来ると、別の松明の火が見えた。
先に来ていたらしい二人の男たちと合流する。
やはり彼らも同じことを考えていたのだ。
一行は慎重な足取りで進んだ。川辺に残したむくろのわずかな残骸に何かが来ているかもしれないからだ。
もしツェボがその何かに出くわしていたら……。
ティティは自分の想像に体が震えた。
「止まれ!」
 先頭の男の小声に立ち止まり川辺を窺うと、思った通り大人よりも一回り小さいが獣の群れが集まっていた。
松明を目にして、こちらを向いて低く唸った。
「ねぐらへ戻れ!」

 この暗い森の中、数本の松明と銛だけでは不利だ。
背中を突き飛ばされるようにして、ティティと女は走り出す。
残った男たちは獣を追い払おうと松明と銛を振り回した。

 ティティはすぐ前を走る女の松明の火を見失わぬよう追いかけた。だが、枝葉にこすられ、更に強くなった風に煽られ火はどんどん小さくなっていく。
上ばかり見て、木の根に足を取られる。くぼ地につんのめり、急いで顔を上げたが、女も松明ももう見えなかった。  
獣に聞かれるので大声を出すわけにもいかない。風にあたりの草木がざわめいた。

 ティティは立ち上がると、勘を頼りに夢中で走った。そして。

               

 ひときわ大きい茂みをかき分けると森を抜けた。

 そこはかつて森だったのかもしれない。だが、今は背丈の揃わない草にあちこちを覆われた土地だ。
遠くになだらかな稜線を描く山の影の向こうで、おびただしい数の星が瞬く。
だが、ねぐらの明かりは見えない。ティティは呆然となった。

 天の片目に照らされたそこは心細く、だがどこか懐かしい風景だった。
草を渡る風の音が波の音に似ているからだろうか。
いや、もうずっと前にどこかで見たことがある。

 川を上ってくる前、浜辺でツェボ達に出会う前に。

 ティティはその荒地と森の境にある茂みに身を潜めた。
にじみ出てくる涙はそのままに、だが泣き声を殺して。
力尽きて横になり、丸くなった少女は「ツェボ」の名を心の中で何度も何度も呼び続けた。

 


 

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