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「人

 生まれいずる

               星」

 −第1章−

 <第2話>













 ツェボの小さい首飾りはたちまち群れで評判になった。
獲物や果物を持ち歩くためでも、皮袋を提げるためのものでもない。
今まで見たことのないものが気になってしょうがない。  

 ムサにとっては特別な意味をこめてツェボに与えたものだ。
自らの力の価値を表すもの。石刃や銛のような道具と一緒にして欲しくなかった。

 それでも以前からムサの入れ墨を恐れながらも感心していた仲間に、作り方を教えてくれと請われれば、断るのも気が引けた。

 大き目の貝殻なら穴を開けるのはまだ易しい。人々は暇を見つけては美しい貝を探して、穴を開けるのに夢中になった。


 しかしムサとトゥモが気を引かれていたのはティティのことだった。

 始めはぼんやりしていたが、次第に表情がはっきりし、目が生き生きとしてきて少しずつ声を出すようになったからだ。
ツェボの泣き叫ぶ声しか知らない二人は、ティティは話せるようになるかもしれないと期待を寄せた。


         

  その日、女たちは貝拾いを終えると、いつものように死んで中身のなくなった貝を除ける作業を始めた。

 浜辺に腰を下ろし、車座になって手と同時に口も動かす。
トゥモもいつしか仲間と笑い合えるようになっていた。

 ふと、二人の子供を見ると自分たちが除けた貝で何かしていた。
 ティティが何かを言うと、二人で女たちの周りを回り、手頃な貝を拾っては見せ合っている。より小さい貝を見つけた方がそれを砂の上に並べていく。

 だが、なぜか二人はいつも同じ色の貝を持ち寄っている。赤、白、黒、茶、白……。
 注意深く見ているトゥモの耳にティティの声が聞こえた。
「カァ」
 二人は赤い貝を持ち寄る。
「ロォ」
 今度は黒い貝を持ち寄る。
「ロォ」また黒い貝だ。

 ずっと見ていたトゥモは目を見開いた。ティティは色の名前を表す言葉を話している。
ツェボもそれが分かっているのだ。「カァ」は赤。「ロォ」は黒。「スィ」は白……。

 この言葉はティティが元いた群れの言葉だろうか。

 トゥモは話しかけたいのも、みんなやムサに知らせたいのもぐっと我慢して、二人の間の言葉を懸命に覚えた。
自分の言葉を押し付けるより、相手の言いたいことを理解したい。

 それはトゥモがツェボといて、ずっと願い続けてきたことだった。

 その夜、トゥモとムサはまず自分たちがティティの言葉を知ろうと話し合った。
時折ではあったが他の群れと交流することもある。

 銛先などにする骨はたまに出会う鱗のない魚や陸の大きい獣のむくろからとれる。
偶然出会ったよその群れとの間で、海辺の食べ物と交換して手に入れることもある。
言葉の違いを埋めることは皆が体験していることだった。

その日からティティの言葉を学び、ツェボに話しかける生活が始まった。
そのおかげで逆にムサたちの言葉を覚えたティティが、一方的ではあるが間に立って話すようになった。

 それにつれて更にその表情も豊かになっていった。

 相変わらずツェボから言葉を発することはなかったが、もう以前ほどたいしたことではない。
以前より行動が活発になり、意思が通じるようになれば極端に無口な子供と言えないこともなかったから。

 何より、その日の糧という深刻な問題が常に彼らの前にあったのだから。


 食べられるものを採りつくしてしまうと、群れは海沿いに移動していく。
自然の恵みは豊かなところもあれば、そうでないところもある。

 食糧不足で子供の成長が止まってしまうこともあったが、病や怪我や事故で死ぬことに比べればどんなにましか。

 それでも月日が流れ、ツェボがどうにか成長したのに、ティティがまったく成長しないのはいささか奇妙なことだった。

 同じものを同じだけ食べているはずなのに、ほかの子が大きくなっても、ティティの姿は出会ったときの子供のままなのだ。

 いつしかツェボとティティは双子というより無口な兄としっかりした妹、というようになっていた。

 姿は子供でもティティは群れで多くを学び、今ではぼんやりしたところも影を潜めた普通の子供だ。

 それどころか一度見聞きしたことは忘れないと言っていいほど、物覚えがよかった。

 その成長を気にしていたトゥモが病で死んでしまった今では、ティティにその思い出を語ってもらうことがムサの大切な慰めだった。

 


 
 

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