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「人

 生まれいずる

               星」

 −第1章−

 <第2話>














































































 トゥモはずぶぬれの毛皮を脱いだ二人の子供を両方の手に抱きしめて、ツェボに問いかけた。
答えの返らないその言葉に驚くムサ達の顔を少女はぼんやりと見守っていた。

 少女は確かにツェボと同じくらいの年齢のようだ。
だが、女の子であるというだけでトゥモには十分なようだった。
ツェボを産んだとき、意識が朦朧としていたトゥモは娘のことを詳しく覚えていず、埋められたところさえ見ていない。
話を聞かされても、今までずっと心のどこかで納得できなかったのかもしれない。

 トゥモはその夜、二人の子供と一緒に眠りにつき、次の日から当然のように少女の世話を始めた。
久しぶりに見たその穏やかな顔にムサの心も慰められたが、気がかりはその少女がやはり一言も話さないことだ。
ぼんやりとして、本当にツェボの片割れのようだった。
「トゥモ、その子の仲間が探しに来たら返してやろう。面倒を見るのはそれまでだよ。」
 トゥモは何も答えなかった。辛くても仕方のないことだ。


 それにしても、あの青い鹿は偶然あそこに居合わせただけだろうか。
それともまさか平原から少女を運んできて、置いていったのか。もし戻ってきたら。

 ムサはそばに立てかけたヤリを見た。平原を駆け、仲間と獲物を追いかけていた記憶がよみがえる。
海辺で毎日貝や海草を集めるツェボはあの血が逸るような感覚を一生味わうことはないのだろう。

 少しだけ哀れに思いながら焼いた魚を食べるツェボを見る。
その姿を見て、昨夜からずっとそうやって片手しか使っていないことに気付いた。

 どこか痛めているのかもしれない。腕に軽く触れてみると何かを手に握り締めている。
特に痛がる様子はなかったが、その目はトゥモの手元に注がれたままだ。

 トゥモは小さい骨の平たく薄くした先の方を使って貝の口を力をこめて開けていた。
実を取り出すと少女に食べさせてやる。少し砂も一緒に食べてしまう。
巻貝などは時間がかかる割りに、砂の入った肝をとると食べるところは少ない。
それでも空腹よりはましだ。

 ツェボはおもむろに手じかにあるものを握り締めていたものにあてがった。

 ツェボは大潮の海で自分が採った巻貝をずっと持っていたのだ。

 あの夜の海で死にそうになったことなどわかってはいないようだ。
だが、この子はおそらく初めて身を危険にさらして獲物をとってきたのだろう。

 ムサは思わず入れ墨のある自分の右手を握り締めた。
トゥモに助けられながら巻貝の身を取り出すツェボを見てムサは考えた。

 自分が与えられたものを同じようにこの子にも与えたい。
久しぶりに感じたなんとも言えない思いにムサはなぜか心地よさを感じていた。

 次の日からムサはトゥモたちとともに浜辺で食べ物を集めるようになった。
少女を探しに誰かがあるいは何かが、現れるかもしれないと思っていたからだ。

 しかし幸か不幸か、誰も探しには来なかった。再び大潮が来る頃にはトゥモは少女に「ティティ」という名前をつけていた。
今までは抱くことすらできなかった娘に自分でそう名前をつけて、ずっと心の中で話しかけていたのだという。

 それを聞いてムサは少女の仲間を待つことをやめた。
食べ盛りの年頃の子供を二人育てるのは大変なことだが、彼女は決して手放そうとはしないだろう。

 「片割れ」が戻ってツェボの未来への不安が消えたせいか、トゥモの笑顔も増えた。
ムサも彼女の笑顔を再び失いたくなかった。

 ティティはそう言われたわけでもないのに、ツェボと一緒にいることが多い。
夜はトゥモを挟んで食事をする。焚き火の向こうの三人の姿を眺めながら、ムサは道具の手入れだ。

 手先が器用なムサは他人の石刃や銛の手入れを頼まれることもある。
だが、今手にしているのは小さい巻貝だ。中身を取り出した口に細長くとがった石器を使って小さい穴を開ける。
今まで扱ったことのない小ささに何度も失敗しながら、やっと一つの巻貝に穴を開けられた。
 ふうと息を吐くと、気配を感じて顔を上げる。気付くとツェボもティティも、そして二人に釣られてトゥモまでムサの手元を見つめている。
苦心の末にできたものに注目され思わず口元がほころぶ。
動物の足の腱で作った細い紐を貝の穴に通す。
ツェボに近寄ると、その首に結んでやる。
「お前が命がけで取ってきた貝と同じ貝だ。入れ墨は傷が治るまであの水溜りの水がしみる。これなら大丈夫。これからもこの水溜りで沢山獲物をとろうな」

 日に焼けたツェボの胸元に白い小さな巻貝がゆれる。
自分の手で持ち上げ、目を輝かせるツェボにムサは笑い、トゥモを見る。
トゥモはティティの頭をなでながら、そっと微笑を返した。
 

 
              
 


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